らくお前の背後にじっと眼をやっていた。それからやっと気がついたように、
「おひとりなんですか?」とお前にきいた。
「ええ……」お前はなんだか当惑しながら、そのまま南向きの窓のふちに近よっていった。
「まあ、山百合がよくにおいますこと」
すると、あの方もベッドから降りていらしって、お前のとなりにお立ちになった。
「私はどうもそれを嗅《か》いでいると頭痛がしてくるんです」
「お母さんも、百合のにおいはお嫌いよ」
「お母さんもね……」
あの方は何故《なぜ》かしらひどく素気のない返事をなさった。お前は少しむっとした。……その時、向うの亭《ちん》の木蔦《きづた》のからんだ四目垣《よつめがき》ごしに、写真機を手にした明さんの姿がちらちらと見えたり隠れたりしているのにお前は気がついた。あんなにホテルの外で待っているとお前に固く約束しておきながら、いつのまにかホテルの庭へはいり込んでいるそんな明さんの姿を認めると、お前はお前の幾分こじれた気もちを今度は明さんの方へ向けだしていた。
「あれは明さんでしょう?」
あの方はそれに気がつくと、いきなりお前にそう仰しゃった。そうしてそれから急になんだかお前
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