のようなものを同封されていた。何気なくそれを披《ひら》いてみると、それは或る年上の女に与えられた一聯《いちれん》の恋愛詩のようなものであった。何だってこんなものを私のところにお送りになったのかしらといぶかりながら、ふと最後の一節、――「いかで惜しむべきほどのわが身かは。ただ憂う、君が名の……」という句を何の事やら分らずに口ずさんでいるうち、これはひょっとすると私に宛てられたものかも知れないと思い出した。そう思うと、私は最初何とも云えずばつの悪いような気がした。――それから今度は、それが若し本当にそうなのなら、こんなことをお書きになったりしては困ると云う、ごく世間並みの感情が私を支配し出した。……たとえ、そういうお気持がおありだったにせよ、そのままそっとしておいたら、誰も知らず、私も知らず、そして恐らくあの方自身も知らぬ間にそれは忘れ去られ、葬られてしまうにちがいない。何故そんな移ろい易いようなお気持を、こんな婉曲《えんきょく》な方法にせよ、私にお打ち明けになったのだろう? いままでのように、向うもこちらもそういう気持を意識せずにおつきあいしているのならいいが、いったん意識し合った上では、もうこれからはお逢いすることさえ出来ない。……
 そうして私はあの方のそんな一人よがりをお責めしたい気もちで一ぱいになっていた。しかし、そういうあの方を私はどうしても憎むような気もちにはなれなかった。そこに私の弱みがあったように思われる。……が、私はその数篇の詩が私に宛てられたものであることを知り得るのは、恐らく私一人ぐらいなものであろうことに気がつくと、何かほっとしながら、その紙片を破らずに自分の机の抽出《ひきだ》しのずっと奥の方に蔵《しま》ってしまった。そうして私は何ともないような風をしていた。
 丁度、お前たちと夕方の食事に向っている時だった。私はスウプを啜《すす》ろうとしかけたとき、ふとあの紙片が「昴《スバル》」からの切り抜きであったことを憶い出した。(それまでもそれに気がついていたが、それが何の雑誌だろうと私は別に問題にしていなかったのだ。)そしてその雑誌なら、毎号私のところにも送ってきてある筈だが、この頃手にもとらずに放ってあるので、若しかしたら私の知らぬ間に、兄さんはともかく、お前はもうその詩を読んでいるかも知れなかった。これは飛んでもないことになった、と私ははじめて考
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