そういう少女に気がつくと、わざとらしく笑いながら、何か外の事に云いまぎらわせようとした。が、少女はすっかり怯《おび》え切《き》って、いつまでも顔を袖にしていた。
程経て、隣りの家の前に男車らしいものの駐《と》まる音がした。そうして「荻の葉、おぎの葉」と呼ばせているのが手にとるように聞えて来た。が、隣家からは誰もそれに返事をしないらしかった。とうとう男は呼びわずらったらしく、こん度は笛をおもしろく吹き出した。
姉妹は思わず目を見合せて、ようやく明るい微笑《ほほえみ》を交しながら、なおも息をつまらせて耳を欹《そばだ》てていた。しかし、隣家からは、相不変《あいかわらず》、なんの返事も無いらしかった。男はとうとう、笛を吹き吹き、その家の前を通り過ぎて往った。――
互に慰めもし、慰められもしたそんな一人の姉が、佗《わ》びしい仮住の家で、二番目の子を生んで亡くなったのは、それから間のない事だった。母なんぞがその死んだ姉の傍に往ってしまっている間、少女はひとりで、形見に残った穉い児たちを左右に寝かしつけていた。知らぬ間に荒れた板葺《いたぶき》のひまから月が洩れて、乳児《ちご》の顔にあたり、それ
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