、めずらしい草子を求めることもなかなかむずかしかった。
国守までした父も、母と同様、とかく昔気質の人だったから、京での暮らしは、思ったほど花やいだものではなかった。が、少女はそういう父母の下で、いささかの不平も云わずに、姉などと一しょにつつましい朝夕を過ごしていた。「もっと物語が見られるようになれば好い」――只、少女はそう思っていた。
その年の末、一しょに東にも下っていた継母が、なぜか、突然父の許《もと》を去って行った。翌年の春には又、疫病のために気立のやさしかった乳母も故人になってしまった。此頃或|右馬頭《うまのかみ》の息子がおりおり姉の許に通ってくる外には、屋形はいよいよ人けのなくなるばかりだった。が、当時何よりも少女の心をいためたのは、「これを手本になさい」と云われて少女が日毎にその御手を習いながら、人知れず物語の主人公に対するようなあくがれの心を抱いていた、侍従大納言の姫君までが、その春乳母と同じ疫病に亡くなられてしまった事だった。「とりべ山谷に煙のもえ立たばはかなく見えし我と知らなむ」――少女が日頃手習をしていた姫君の美しい手跡にそんな読人《よみびと》しらずの歌なんぞのあ
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