の子供らしい悲しみにまんべんなく裏打ちされていることか!……)
そのおよんちゃんの間借りしている煙草屋からの帰りみち、駒形《こまがた》の四つ辻まで来ると、ある薬屋の上に、大きな仁丹《じんたん》の看板の立っているのが目《ま》のあたりに見えた。私はその看板が何んということもなしに好きだった。それにも、大概の仁丹の広告のように、白い羽のふわふわした大礼帽をかぶり、口髭をぴんと立てた、或《ある》えらい人の胸像が描かれているきりだったが、その駒形の薬屋のやつは、他のどこのよりも、大きく立派だった。それで、私はそれが余計に好きだったのだ。そして帰りがけにそれを見られることが、そうやっておばさん達のところへ母に連立って行くときの、私のひそかな悦《よろこ》びになってもいた。
その後、私はそのおよんちゃんという人が、目の上に大きな黒子《ほくろ》のある、年をとったおじいさんみたいな人と連れ立って歩いているところを二度ばかり見かけた。一度は私が父と一しょに浅草の仲見世《なかみせ》を歩いているときだった。それからもう一度は、並木のおばさんの病気見舞に行って母と一しょに出て来たとき、入れちがいに向うから二人
前へ
次へ
全82ページ中67ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング