一本の無花果の木に、求めようとし出していた。
「お母あさん」と或る日私は庭の中に母と二人きりでいるとき問うた。「おうちの無花果はいつ実《み》がなるの?」
「もうじきだよ……ほら、あんなにお乳が大きくなってきたろう……」といって、母はその枝にだいぶ目立つようになった、まだ青い実を私に指さして示した。
「早く食べられるようになるといいね。」私は母に同情を求めるように、いくぶん甘えながら言うのだった。
みんなで楽しみにしていたその実がいくらたんと熟《な》っても、残らず自分一人で食べてしまうから。誰にだって分けてやりあしない。――そんな仕返しが私には、お竜ちゃんや、たかちゃんに対して、まあどうやら満足のできるような仕返しのように思えていた。
その日々、私は、その無花果の木かげに花莚《はなむしろ》だけは前と同じように敷かせて、一人で寝そべりながら、そんな実の出来工合なんぞ見上げていたが、ときどき思い出したように跳《と》び起きて、見真似《みまね》で、その木へ手をかけて攀《よ》じ上がろうとしては、すぐ力が足りなくなって落ちてばかりいた。が、少しずつ手の痛さを我慢できるようになって、それから上へは
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