平橋《なりひらばし》駅の方へ連れていってくれた。それが私の忍耐の報酬だった。私はその新らしい駅が何んということもなしに好きだった。私はとりわけ、誰もいなくて、空《から》っぽ過ぎるくらい空っぽで、その向うに白い雲のうかんでいるようなプラットフォオムが好きだった。そのうち空《から》の汽車が徐《しず》かに後戻りして来ながらそれに横づけになって、何んにも見えなくなってしまう。やがて、プラットフォオムの上には人々の姿がちらつき出し、見る見るそれが人々で一ぱいになる。が、その汽車が何度も汽笛を鳴らしながら出ていってしまうと、あとは又以前のように空っぽになってしまう。そしてその向うにはまた白い雲のうかんでいるのが見える。そんなすべての変化が面白くってならなかった。――私がそうやって一人で改札口の柵《さく》にかじりついて、倦《あ》かずにそれらの光景に見入っている間、父は構内のベンチに腰を下ろしながら、売店で買った夕刊なんぞ読んでいた。


     赤ままの花


 私の若い頃の友人だった、一詩人が、彼自身もっと若くて、もっと元気のよかったとき、
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お前は歌ふな
お前は赤ままの花
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