幼年時代
堀辰雄

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)無花果《いちじく》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)その一番|隅《すみ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
−−

     無花果《いちじく》のある家

 私は自分の幼年時代の思い出の中から、これまで何度も何度もそれを思い出したおかげで、いつか自分の現在の気もちと綯《な》い交ぜになってしまっているようなものばかりを主として、書いてゆくつもりだ。そして私はそれらの幼年時代のすべてを、単なるなつかしい思い出としては取り扱うまい。まあ言ってみれば、私はそこに自分の人生の本質のようなものを見出《みいだ》したい。
 私は四つか五つの時分まで、父というものを知らずに、或る土手下の小さな家で、母とおばあさんの手だけで育てられた。しかし、その土手下の小さな家については、私は殆《ほとん》ど何んの記憶ももっていない。
 唯《ただ》一つ、こういう記憶だけが私には妙にはっ
次へ
全82ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング