りが出来ているような湿地にちかいものだった。が、そういう水溜りをあっちへ避けこっちへ避けながら歩いていると、いくら行っても、依然として遠くに見えている、その魔法のかかったような工場の方へ、私達がだんだん心細くなりながら、それでもどうにかこうにか漸っと近づき出したときは、――それまでそうやって私達を殆ど向う見ずに歩かせていたところの、私達の裡《うち》の何物かへのはげしい好奇心そのものはもうどこかへ行ってしまっていた。それほど、そうやって歩いていることだけに小さな私達は全力を出し尽してしまっていたのだ。
 やっとのことで私達はその大きな硝子工場の前まで辿《たど》りついた。私は急にいじけて、たかちゃんのあとへ小さくなって附いていった。やがて、遠くから見るとその内側が一めんに火だらけになって見えるような作業場の中から、てかてか光るような菜っ葉服をきた、彼女の父親らしいものが姿をあらわした。たかちゃんがその傍に走っていって、何かしきりに話し出した。
 その菜っ葉服をきた人は、その立ち話の間に、私の方を一ぺんじろりと見たようだった。それからまた少女の云うのを聞いているようだったが、そのうち急にその少女の方へ真黒に光った顔をむけて、二言三言何か乱暴そうに答え、もう私の方なんぞ目もくれないで、少女をそこへ一人残したまま、さっさと又火の中へはいっていってしまった。
 少女はその場にいつまでも立ちすくんだようになっていた。私は門のそばに不安そうに立ったまま、もうどうなったって好いような気もちにさえなって、まだ何か未練がましくしている彼女の方を、まるで怒ったような目つきで見ていた。とうとう彼女は首をうなだれて私の方に向ってきた。
 私は彼女に何も訊かないで、そこにいつまでも彼女が泣き顔をしたまま居残っていそうに見えるのを、無理に引っぱり出すようにして、二人して工場の門から出た。そうして、来るときは殆ど駈《か》けっこをするようにして突切って来た広い野を、こんどは二人並んでしょんぼりと歩き出した。ところどころにある水溜りがきらきらと西日に赫《かがや》いていた。相手の顔がときどきその反射でちらちらと照らされたりするのを、私達はさも不思議そうに、しかし何んにも言いあわずに見かわした。……
 ようやっと私達は、さっきそれを渡った覚えのある木の橋に近づき出した。……
 それまで互に口も利《き》き合わ
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