ちの又かと思うような、いかにも単純な遊びだが、小さな子供というものは、それはときには目先きの変ったことを求めもするが、それにはすぐ倦《あ》いてしまって、またもとの、いつまで繰り返していても倦きることのないような、家常茶飯《かじょうさはん》的な遊びに立ち返っていくことを好むものだ。
「何かもっと他《ほか》のことでもして遊んだらどうなの? いつも同じことばかりしていないで……」母さえそういう私達を見ながら言うのだった。
 それが私を多少|羞《は》じらわせ、そんな女の子のような遊びを続けることを幾分ためらわせた。が、私はすぐ強情を張って、
「これがいいんだい……」とぶっきら棒に答えて、ねえ、たかちゃんと言うように相手の少女の方を見た。
「…………」たかちゃんは何か気まり悪そうに私の母の方を見上げ、ちらっと微笑《ほほえ》んで、それから私に同意をした。
 たかちゃんはそれから又毎日のように遊びにきた。たかちゃんは私と二人きりだけだと、いつも小さな母親のように私の世話を焼いたりするのが好きだった。最初はそういうおせっかいなやり方が、私には小うるさくて、気に入らなかったが、そのうち不意に、そういうたかちゃんに、これまで自分の母にしつけて来たが、そんなこともいまはちょっと出来にくくなったような幼い日の仕草を再び繰りかえす事に、――そういう事をもいかにも自然に行わせてくれる二人きりのままごと遊びに、妙な魅力のようなものを私は感じはじめた。小さな私がそんな自分よりももっと幼い子の真似《まね》をして、花莚にくるまって寝ていると、たかちゃんは小さな母親のように、上手《じょうず》にいろいろとあやしたり、赤まんまなどを食べさせる真似をしてくれたりするのだった。……
 そうやって母と子の真似をしあって遊んでいる私達を、いまは殆《ほとん》ど隠すばかりになった無花果の木の、厚い葉かげには、漸《ようや》っと大きくなった果実がだんだんと目立ち出していた。ときどき虫の食った、まだ青い果実がぽつんと一つ、鈍い音をさせて落ちてきた。それを手で無理に裂いてみると、白い乳のようなものを吐いた。私はそれをたかちゃんのおっぱいだといって、何か気ちがいのようにきゃっきゃっといってふざけながら、その乳汁を方々へこすりつけたりした。
 そんな夏ももう終ろうとする或る午後だった。それまで無花果の木かげで遊びにふけっていたたか
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