ハイネ好みの甘美な詩に仕上げてしまっていた奴《やつ》が実はハイネの晩年の、彼の愛していた友人たちからひどい仕打ちをされ、心臓の破れるような思いをしていた頃の、ひどく絶望的な詩であることを知って、私は愕然《がくぜん》とした。その詩の最後の一聯《いちれん》のごときは、
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しかしここでは太陽と薔薇《ばら》とが
なんと残酷に私を突き刺すことよ!
そうして五月の青い空は私を嘲《あざけ》っている。
おお美しい世界よ、お前は本当に厭《いと》わしい!
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 というような意味でさえあるのだ。つまり、私の忘れていた独乙語のほとんどすべてが呪詛《じゅそ》の文字だったのである。そして私がそれらの不可解な文字の上にながいこと眼をさまよわせているうちに、それが解らないなりにそのとき私の気持からはあまりに懸《か》け離《はな》れているもののように私に思いなされたところのその詩は、実はそのときの私自身の気持さながらであったのだ。



底本:「燃ゆる頬・聖家族」新潮文庫、新潮社
   1947(昭和22)年11月30日発行
   1970(昭和45)年3月30日26刷改版

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