識別できなかった。私はふと最初の晩、ホテルの窓から顔を出していた女のことを思い出した。その時と同じように、その髪の毛だけきらきらと金色に光っていたが、その髪の恰好《かっこう》は今朝私が食堂で見かけた青衣の少女のそれとそっくりだった。……私はなんだかぞっとしたような気持になって、急いで部屋にはいるなり、ドアをぴたんと閉めてしまった。それをうるさい猫のせいにして。……それから私が着物をぬいでいる間中、その猫はそのドアを外から爪《つめ》でがりがり掻《か》いていたが、私がベッドに横になった時分は、もうあきらめたのか、その爪の音はしなくなった。とても疲れていて、さっきまでは眠くっていまにも倒れそうであったのに、さて電燈を消してしまうと、よくあるやつだが、急に目が冴《さ》え冴《ざ》えとしてきた。そこでしょうことなし、再び電燈をつけ、今日買ってきたばかりの「プルウスト」を出鱈目《でたらめ》に披《ひら》きながら読み出した。そうしてひょっくり読みあてたのが、こんな一節であった。
――ノルマンディ海岸のバルベックに少年がはじめてお祖母《ばあ》さんと一しょに到着した晩のことである。彼|等《ら》はグランド・
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