ぶりにこの辺まで上って来たものらしく、さっきからしきりに此処《ここ》いらまでよく遊びに来たことのある昔のことを思い出してはひとりで懐《なつか》しがっている。私は私で、こんなユトリロ好みの風景のうちに新鮮な喜びを見出《みいだ》している。こんな家に自分もこのまま半年ばかり落着いて暮らしてみたいもんだなあと空想したり、こういうところでその幼時を過したT君のことを羨《うらや》ましがったりしながら、だんだん狭くなってくる坂を上ったり下りたりしているうちに、今度はT君の方が首をかしげだした。どうやら彼自身のこんがらがった幼時の思い出をほごすのにあんまり夢中になり過ぎていたT君は、いつの間にやら、私たちの目指《めざ》している外人墓地への方角を間違えてしまっているらしかった。その挙句《あげく》に漸《ようや》っと彼は、私たちが飛んでもない見当ちがいな、或る丘の頂きに上って来てしまったことを、気まり悪そうに私に白状した。そうして私たちの上って来たやや険しい道は、一軒の古い大きな風変りな異人屋敷――その一端に六角形の望楼のようなものが唐突《とうとつ》な感じでくっついている、そして棕梠《しゅろ》だのオリイブだ
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