別荘番号をつけていましたが、ここのウインさんの家なんぞは何んでも四号か五号でした。――三枝《さいぐさ》さんの奥さんがこの家をお買いになるといわれたとき、あんまり古い家なのでどうかと思いましたが、すっかりこうして手を入れたら、見ちがえる程になってしまいましてね。前はひどい紅殻《べにがら》塗りの小屋でしたが……」
 私はこの村を知ってからもう十年以上になるので、そんな一昔前に流行《はや》っていた紅殻塗りの小屋のことも、その頃の古い住人達のことも少しは覚えていたが、おととし結婚後はじめてこの村に来るようになった妻の方は全然その頃のことを知らないので、そんな不二男さんの話にも珍らしそうに耳を借していた。
「日向《ひゅうが》さんのところはこの頃ずっと来ないの?」
「おととしひさしぶりで奥さんがお嬢さんをお連れになって、ひと夏お見えになっていました。――が、その冬に爺やが死んで、そのときは甥《おい》ごさんが見えられたっきり、それからはまだお見えになりません。」
「その死んだ爺やというのは僕も知っている爺やだろうけれど、おっかない爺やだったね。君んちの爺やとはずい分仲が悪かったんじゃあない。何んでも
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