一度、あっちの爺やの畑の南瓜《かぼちゃ》を君んちの爺やが何んとかしたとか云って、どういう行きがかりだったか、たいへん酔払って室生さんちの門の前まで来て、中へはいらずにいつまでも悪態をついていた事もあったね。」
「そんな事もありましたっけね。」不二男さんは少し苦笑いした。それから急に真顔になって、
「私なんぞも、これまであの爺やは飲んだくれで、因業な奴だとおもっておりましたけれど、死んでからいろいろ話を聞いてみると、かわいそうな爺やでした。……」
そう前置きをして、不二男さんも私達の隣りに腰を下ろしながら、何か思い出ふかそうに話し出した。
三
「あなたなぞは随分お古いから御存知でしょうが、この裏の通りにあったあの水車ですね。――昔はあの裏通りのことを|水車の道《ウォタアウィル・レエン》なんぞと外人達がいっていましたが――あの水車というのは、元来|日向《ひゅうが》さんの御主人が拵《こしら》えさせて、自分の別荘の方へ山水を引かせていたものなのですが、まあこの辺では昔からあれが唯一の水車でして、あの林の入口でごとんごとんと音を立てながら日ねもす廻っていた長閑《のどか》な様
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