径《こみち》から中へはいって行ってしまってからも、私はなお暫《しばら》くその入口に一人残ったまま、お隣りの三枝さんの別荘の、数本の松の木にちょっと一もと芒《すすき》をあしらっただけの、生籬《いけがき》もなんにもない、瀟洒《しょうしゃ》な庭を少し恨めしそうに見やりながら、いつまでも秦皮《とねりこ》のステッキで砂を掘じっていた。
 まあそれも仕方がなかろうと思って、漸っとみんなの跡からはいって行って見ると、もう先きに不二男さんのところに古くからいる爺やが来ていて雨戸などをすっかり明けておいてくれた。裏の小屋も跡かたもなく取払われ、家のなかは去年から見ると見ちがえるように小ざっぱりとなっていた。大体、それを借りる事にし、そうしていろいろ足りない台所道具なぞを調べてから、みんなで家を締めて出て来たときは、まあ豆の棚ぐらいはどうでも好いやという位には私も満足していた。
「ちょっと三枝《さいぐさ》さんのヴェランダをお借りして、一休みして参りましょう。」
 そこも管理している不二男さんがそう言いながら、先きに立ってずんずん松の木の庭のなかへはいって行くので、私達も構わずについて行った。そうして不二男
前へ 次へ
全33ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング