まの自分と全くかかわりのないような人たちの運命の浮沈が、それが自分には何んのかかわりもない故《ゆえ》に、反《かえ》って切ないほどはっきりと胸に浮んで来て、いかんともしがたかった。それにまた、爺やも水車も豆の花の棚《たな》も何もかも自分のよく知っていたものがこの村からもだんだん絶えてゆくような思いすら誘われて、私の心の動揺はいつまでもやみそうもなかった。
 遠くの谷で夜鷹《よたか》が不気味にギョギョギョといって啼《な》き出した。これあ溜《た》まらないと思って一しょう懸命に目をつぶっているうち、私は突然、おととし結婚するとすぐまだ夏になるかならないうちにこの村へ越して来てしまって、きょうその前を通ってみた、水源地に近いあの樅《もみ》の木かげの山小屋で二人きりで暮らし出していた時分、よく夜なかにその夜鷹の啼き声をきいては互に気味悪がっていたことなぞを思い出した。丁度、その小屋の裏がすぐ木立の深い谷になっていて、夜なかになると夜鷹がその谷から谷へと大きな環《わ》を描きながら飛びめぐっているらしいのが、その不気味な啼き声の或《あるい》は遠のいたり或は近づいて来たりする具合で手にとるように私達には
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