た裏の掘立小屋に全く住みついてしまったようでした。三枝さんのところを見まわる度《たび》に、よっぽどその裏の小屋へまわって声でも掛けてやろうかと思うのですが、私なぞが寄ってやったって何しに来たというような無愛想な顔しか見せない爺やのこと故《ゆえ》、いつも何んだか気がすすまなくなって、またこんどにでもしようと思って途中から引っ返して来てしまうのが常でした。
「十二月になって、雪が二三度降り、いよいよ冬籠《ふゆごも》りをしだした時分になってから、うちの爺やがどうもこの頃うちを明けてばかりいるのに漸《ようや》っと気がつき出しました。爺やも変り者ですから、何かまた一人でこそこそやっているなと思って、少し気がかりな事もありましたので、或雪ぐもりの日、ふいとまた爺やが出掛けて行きましたので、私もあとをつけて行きました。冬になると、林もなにも裸になって、何処《どこ》もかもすっからかんと見透せるものですから、人に見つからないようにあとをつけて行くのは容易ではありません。が、爺やは何んにも気づかずに、お古の長靴で湿った落葉を踏んで、林の中をずんずん歩いて行きます。おや三枝さんの別荘へでも行くのかなと思って
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