うのもう大かた花の無くなった豆棚から日向さんの奥さんが不意に姿を現わし、それを見ると、何か気がかりな様子でこちらへ近づいて来て、
『もうお引き上げなの?』と尋ねました。
『いいえ、まだもうすこし居たいと思っているのだけれど……』そう三枝さんは答えました。
『いまのうちにぽつぽつと片しておかないと、雨でも降り出したらと思うものだから……』
『そうね。私の方もそろそろ帰ってやらないと圭子《けいこ》も困っているらしいの』と日向さんも言って、それから急に声を低くして、「だけど、実は困ってしまっているのよ。うちの爺やがなんだか体の具合が悪いようなの。この頃は胸が痛いって、お粥《かゆ》ばかり食べているのよ。熱もあるようなので、寝ていろって幾ら言っても言うことをきかないで、一日じゅう何かしらやっていては、夜など私の知らない間にこっそりとお酒なんぞ飲んでいるんでしょう。あんな事をしていて、どっと寝つきでもしたら、どうしたらいいのかしら。まあ私でもこちらにいる間は、何とか世話をしてやれるけれど、そう私だっていつまでも居られやしないのだから……』
「三枝さんはそういう話を聞きながらも、見たところふだんと変
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