れず、その日はさんざんな目に逢《あ》って夕方帰っておいでになりました。そうして帰りしなに皆さんで私どもへお立寄りになって行きましたが、お嬢さんはずけずけと爺やに不平を言いつづけてばかりいました。
『爺やったらあんな田舎へつれて行くんですもの。みんな私のことを毛唐《けとう》だとおもって珍らしがって見んの。私は構わないけれど、ママがお気の毒で見ていられはしなかったわ。……』
「しかし爺やは何を言われても、苦笑いにまぎらせながら、鉈豆《なたまめ》の煙管《きせる》をくわえたまま、ぼんやりと休んでいました。
「八月末になると、そのお嬢さんだけ先きに女中を連れてお引き上げになって行きましたが、奥さんはまだお残りになっていました。お向いの三枝さんのところでも、毎年の例で奥さんだけお一人お残りになっていらしったので、話し相手もあり、心丈夫でもあるので、爺やに飯を炊《た》いて貰ったり風呂を焚《た》かせたりして、いかにも気楽そうにしてお暮らしになっていました。
「ところが或日のこと、三枝さんの奥さんがもうそろそろ引き上げる準備に、女中を相手に日あたりのいいヴェランダにふとんのカヴァや何かを干していると、向
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