植木を引っこ抜かせているのが見えて来ました。それと同時に、そこいらにはその春別荘の売れたとき爺やがちょっとした楓《かえで》だとか、そのほか小さな植木だけをこちらに移し植えておいた、それをいま植木屋を呼んで売り払おうとしているのだという事が分かりました。『お前は好い娘があるんだから其処へ行け、おれ一人でならどうとでもして暮らして見せるから』とこの頃爺やが何かというとそんな事ばかり言ったという、おとといの婆さんの話もふいと思い出されて、三枝さんの奥さんは、あんな気強そうな爺やでもよく年をとってからそうやって一人で暮らす気になれるものだと思って、そんな植木屋たちの仕事をいつまでも見ていました。――何んでも、あとで聞きますと、そのとき売った植木の代が二十何円とかになったそうでした。まあそれだけあれば、こんな村では爺やひとりでならその冬を結構越すぐらいの事は出来たでしょう。……」
 不二男さんはここまでをほとんど一息に話しつづけた。そうしてここで突然言葉をとぎらせた。そうしてそういう爺やの何処かさびしそうな姿を見ていたそのときの三枝さんのように向いの若葉のなかの家を暫《しばら》く見やっていた。そ
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