差し向いで暮らせるようなものが出来上りました。
「その夏、その小家は入口の棚に豆の花を相変らず美しく咲かせました。その年の借り手は珍らしく若い外人夫婦で、五つ位の、金髪に大きなリボンを結んだ可愛らしい女の子がいました。主人の方は横浜の商会に勤めていて、土曜の夕方になるとやって来ては、また月曜の朝早く帰って行くという風で、小綺麗《こぎれい》な若い妻君がその小さなお嬢さんを相手に物静かに暮らしていました。
「最初のうちは、その裏の掘立小屋に引っ込んだ爺やたちもごくおとなしく暮らしていたようです。が、人一倍強情な爺やの方はともかくも、婆さんの方はよくそれまで辛抱したものですが、それは女の料簡《りょうけん》ですから、たまには愚痴の一つも出るでしょう。そうすると爺やは大へんに慍《おこ》ります。そのうちそれがだんだん夫婦|喧嘩《げんか》になってきて、夏の半ばも過ぎた時分には、つい隣りの外人の家族たちにも手にとるように聞えるようになる、――何しろ、ふだんからむっつりとして、こわいような爺やのことですから、すっかりその若い外人の妻君が怖気《おじけ》づいてしまって、九月一ぱいという約束でしたのが八月の末
前へ 次へ
全33ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング