いのことで、その方たちに申訣《もうしわ》けがないと一人で気を揉《も》んでおいででしたが、別に爺やを叱《しか》ることもせずにそのままにして置かれたようでした。どうせこんな山村のことですから、どこの爺やも難物ぞろいでしたが、まあ日向さんの爺やといえば、その中での難物でした。
「そんな風に、奥さんの方でも御主人の亡くなられた跡はともすると爺やに一目《いちもく》置いているように見えましたが、それは一つには爺やにやるものを殆どやらずにいたからでもあったのでしょう。その代りに、いま売りに出している別荘が売れたら、少しは纒《まとま》った金を分けてやるような約束をしておいたらしいのです。ところが漸っとその別荘が売れた。五年前のことです。買手は関西の或《ある》実業家で、仲に立った奥さんの甥《おい》を相手にさんざん値切って、それを五千円で買いとった。前から見ると無茶な値ですが、よほど奥さんの方もお困りになって来られたものと見えて、それをとうとうそんな値でお手放しになってしまわれた。そのときはその甥ごさんが一切とり仕切って、こちらへもお見えになりましたが、なにしろ予想外の値にしかならなかったので、その甥が爺
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