るや否や、誰にも知らさずに、すぐ軽井沢に立ってきた私達に、次ぎのような手紙を添えて、私達にささやかな贈り物をしてくれた。――「御結婚のおよろこびを申し上げます。お祝いのしるしにフランスの『木の十字架』教会の少年たちのうたった聖歌をお贈りいたします。美しい村でおくらしになる日、森のなかの草舎でこの歌がきかれる初夏、花々のことなど、一切のきょうのあわれに美しい僕の夢想を花束に編んで、それに添えた心持でお贈りいたします。それからもうひとつのは、去年の秋の奇妙な出来事が僕にえらばせた歌なのですが、これはお祝いのしるしというのではなしに、ただ、あの不意に家のなくなってしまった日のかたみのために、高原の村ぐらしのなかにお持ちになっていただきたかったのでございます。沢山の幸福とよろこびと潤沢な日日とを恵まれますように。道造」――その贈り物というのは二枚のレコオドで、その一つはフランス旧教会ラ・クロア・ド・ボア教会小聖歌隊の合唱したヴィットリアの「アヴェ・マリア」とパレストリイナの「贖主《あがないぬし》の聖母よ」。もう一つはクロオド・パスカルという少年歌手の独唱したドビュッシイの晩年の歌曲「もう家もな
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