》の上に順々に腰を下ろした。
一番うしろの藁椅子を占めた私は、しばらく黙祷《もくとう》の真似のような事をしていたが、やがて目を上げて、さっきの二人の少女の姿を会衆のうちに捜し出した。すぐ彼女たちの可愛らしいお下げ髪が目に止った。彼女たちは一番前列に、面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《おもわ》をかぶった母親らしい中年の婦人の傍に、跪《ひざまず》きながら無邪気に掌を合わせてお祈りをしていた。
私はそういうお下げ髪の少女たちの後姿にいつまでも目をそそいでいたが、そのうち何気なく、立原の形見の一つである、パスカル少年のうたったドビュッシイの歌なぞを胸に浮ばせていた。それはドビュッシイが晩年病床にあって、無謀なドイツ軍のベルギイ侵入の事を聞き、家も学校も教会もみんな焼かれてしまった可哀そうな子供たちのために、彼等の迎えるであろうわびしいクリスマスを思って、作曲したものだった。
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〔Noe:l ! petit Noe:l ! n'allez pas chez eux,〕
N'allez plus jamais chez eux, punissez−les !
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(クリスマスよ、クリスマスよ、どうぞ彼等のところへは行かないで。
もう決して行かないで。そうして彼等を懲らしてやっておくれ。)
[#ここで字下げ終わり]
いま、そうやっていたいけな様子でお祈りを続けているそのポオランドの少女たちが、ふいと立ち上るなり、いまにもそんな悲しい叫びを発しそうな気がする。そう、この歌のレコオドはまあ何という偶然の運命から私の手もとに今あるのだろう。ちょっとその少女たちを私の家に連れていってそれを聴かせてやったら、まあ彼女たちはどんなに目を赫《かがや》かす事だろう……と、そんな事を考えているうちに、ふいと眼頭《めがしら》の熱くなりそうになった目をいそいで脇へ転じると、其処では、何か考え深そうな面持をしているドイツ人らしい両親の間に挟《はさ》まれた、まだ幼い、いかにも腕白者らしい子供が、彼から少し離れた席にいる同じような年頃の、しかし髪なぞをもう綺麗に分けている子供に向って、しきりに顔つきや手真似でからかいかけているのなどがひょいと目に映ったりした。私のすぐ前に並んで腰かけている津村君と神保君は、
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