木の十字架
堀辰雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)律儀《りちぎ》そうな

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)万物|蕭条《しょうじょう》とした

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔Wenn ich wa:re ein Vogel !〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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「こちらで冬を過すのは、この土地のものではない私共には、なかなか難儀ですが、この御堂が本当に好きですので、こうして雪の深いなかに一人でそのお守りをしているのもなかなか愉しい気もちがいたします。……」
 この雪に埋まった高原にある小さな教会の管理をしている、童顔の、律儀《りちぎ》そうなHさんはそんな事を私に言ったが、こういうごく普通の信者に過ぎないような人にとっても、こちらで他所者《よそもの》として冬を過しているうちには、やはりそういうロマネスクな気もちにもなると見える。
 その教会というのは、――信州軽井沢にある、聖パウロ・カトリック教会。いまから五年前(一九三五年)に、チェッコスロヴァキアの建築家アントニン・レイモンド氏が設計して建立《こんりゅう》したもの。簡素な木造の、何処《どこ》か瑞西《スイス》の寒村にでもありそうな、朴訥《ぼくとつ》な美しさに富んだ、何ともいえず好い感じのする建物である。カトリック建築の様式というものを私はよく知らないけれども、その特色らしく、屋根などの線という線がそれぞれに鋭い角をなして天を目ざしている。それらが一つになっていかにもすっきりとした印象を建物全体に与えているのでもあろうか。――町の裏側の、水車のある道[#「水車のある道」に傍点]に沿うて、その聖パウロ教会は立っている。小さな落葉松林《からまつばやし》を背負いながら、夕日なんぞに赫《かがや》いている木の十字架が、町の方からその水車の道へはいりかけると、すぐ、五六軒の、ごみごみした、薄汚ない民家の間から見えてくるのも、いかにも村の教会らしく、その感じもいいの
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