つける。そのベンチのために出來た皺は僕の幸福を決定的にする。
僕等は別れる時、明日の午後、活動寫眞を見に行く事を約束する。
翌日、僕は自動車の中から、公園の中を歩いてゐる彼女を認める。僕の小さな叫びは自動車を急激に止めさせる。僕は前に倒れさうになりながら、彼女に合圖をする。それから自動車は彼女を乘せて、半※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]轉をしながら走り出し、一分後には、午後なので殆ど客の入つてゐない、そしてウエイトレスの姿だけのちらと見えるシヤノアルの前を通り過ぎる。この小さな冒險は臆病な僕等に氣に入る。
シネマ・パレス。エミル・ヤニングスの「ヴアリエテ」。僕はその中に入りながら、人工的な暗闇の中に彼女を一度見失ふ。それから僕は僕のすぐ傍に彼女らしいものを見出す。しかし僕はそれが彼女であることをはつきり確めることが出來ない。そのために、彼女の手を探し求めながら僕の手はためらふ。そして、僕の眼はといへば實物より十倍ほどに擴大された人間の手足が取りとめもなくスクリインの上に動いてゐるのを認めるばかりだ。
彼女は地下室のソオダ・フアウンテンでソオダ水を飮みながら、僕にエミ
前へ
次へ
全30ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング