ゐる方法。

 最もよい機會。僕のグラスがからつぽになる。僕はウエイトレスを呼ぶ。彼女が僕のところに來ようとする。それと同時に、他のウエイトレスもまた僕のところに來ようとする。二人はすぐそれに氣づいて、微笑しながら、ためらひあふ。その時、彼女が思ひ切つたやうに僕の方に歩き出す。さういふ彼女が僕に思ひがけない勇氣を與へる。
「クラレツト!」僕は彼女に言ふ。「それからね……」
 彼女は僕のテイブルから少し足を離しかけて、そのまま彼女の顏を僕に近づける。
「明日の朝ね、公園に來てくれない。一寸君に話したいことがあるんだ」
「さうですの……」
 彼女はすこし顏を赤らめながら、それを僕から遠のかせる。そして足をすこし踏み出してゐた以前の姿勢に返ると、そのまま顏を下にむけて行つてしまふ。僕は、よく馴れた小鳥をそれが又すぐ戻つてくるのを信じながら自分の手から飛び立たせる人のやうな氣輕さをもつて待つてゐる。果して、彼女は再びクラレツトを持つて來る。僕は彼女に眼で合圖をする。
「九時頃でいいの」
「ああ」
 僕と彼女はすこし狡さうに微笑しあふ。それから彼女は僕のテイブルを離れて行く。

 僕はカフエ・シ
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