等の沈默に加はる。
 僕は毎晩、彼等と此處で落ち合つてゐた。

 僕は二十だつた。僕はいままで殆ど孤獨の中にばかり生きてゐた。が、僕の年齡はもはや僕に一人きりで生きてゐられるためのあらゆる平靜さを與へなかつた。そして今年の春から夏へ過ぎる季節位、僕に堪へがたく思はれたものはなかつた。
 その時、この友人たちが彼等と一緒にカフエ・シヤノアルに行くことに僕を誘つた。僕は彼等に氣に入りたいと思つた。そして僕は承諾した。その晩、僕は彼等の一人の槇が彼の「ものにしよう」として夢中になつてゐる一人の娘に會つた。
 その娘はオオケストラの間に高らかに笑つてゐた。彼女の美しさは僕に、よく熟していまにも木の枝から落ちさうな果實のそれを思はせた。それは落ちないうちに摘み取られなければならなかつた。
 その娘の危機が僕をひきつけた。
 槇はひどい空腹者の貪慾さをもつて彼女を欲しがつてゐた。彼のはげしい欲望は僕の中に僕の最初の欲望を眼ざめさせた。僕の不幸はそこに始まるのだ。……

 突然、一人が彼の椅子の上に反り身になつて僕の方をふり向く。そして何か口を動かしてゐる。が、音樂が僕にそれを聞きとらせない。僕は彼
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