ノは分っているだろう?」と問い返した。
彼女は何か罠《わな》でも恐れるかのように注意深く私を見た。それを見て、私は、
「おれの仕事のことを考えているのじゃないか」とゆっくり言い出した。「おれにはどうしても好い結末が思い浮ばないのだ。おれはおれ達が無駄に生きていたようにはそれを終らせたくはないのだ。どうだ、一つお前もそれをおれと一しょに考えて呉れないか?」
彼女は私に微笑《ほほえ》んで見せた。しかし、その微笑みはどこかまだ不安そうであった。
「だってどんな事をお書きになったんだかも知らないじゃないの」彼女は漸《や》っと小声で言った。
「そうだっけなあ」と私はもう一度不確かなように笑いながら言った。「それじゃあ、そのうちに一つお前にも読んで聞かせるかな。しかしまだ、最初の方だって人に読んで聞かせるほど纏《まと》まっちゃいないんだからね」
私達は部屋の中へ戻った。私が再び明りの側に腰を下ろして、其処にほうり出してあるノオトをもう一度手に取り上げて見ていると、彼女はそんな私の背後に立ったまま、私の肩にそっと手をかけながら、それを肩越しに覗き込むようにしていた。私はいきなりふり向いて、
「
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