謔ンがえ》らせていたのだった。そして私達自身までがその一部になり切ってしまっていたようなそういう一瞬時の風景を、こんな具合にこれまでも何遍となく蘇らせたので、それ等のものもいつのまにか私達の存在の一部分になり、そしてもはや季節と共に変化してゆくそれ等のものの、現在の姿が時とすると私達には殆ど見えないものになってしまう位であった。……
「あのような幸福な瞬間をおれ達が持てたということは、それだけでももうおれ達がこうして共に生きるのに値したのであろうか?」と私は自分自身に問いかけていた。
私の背後にふと軽い足音がした。それは節子にちがいなかった。が、私はふり向こうともせずに、そのままじっとしていた。彼女もまた何も言わずに、私から少し離れたまま立っていた。しかし、私はその息づかいが感ぜられるほど彼女を近ぢかと感じていた。ときおり冷たい風がバルコンの上をなんの音も立てずに掠《かす》め過ぎた。何処か遠くの方で枯木が音を引きむしられていた。
「何を考えているの?」とうとう彼女が口を切った。
私はそれにはすぐ返事をしないでいた。それから急に彼女の方へふり向いて、不確かなように笑いながら、
「お前
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