轣Aそっと彼女を手放すと、いつの間にかだんだん明るくなり出した窓の方へ歩み寄って行った。そしてその窓に倚《よ》りかかって、いましがたどちらの目から滲《にじ》み出《で》たのかも分らない熱いものが私の頬を伝うがままにさせながら、向うの山の背にいくつか雲の動かずにいるあたりが赤く濁ったような色あいを帯び出しているのを見入っていた。畑の方からはやっと物音が聞え出した。……
「そんな事をしていらっしゃるとお風を引くわ」ベッドから彼女が小さな声で言った。
私は何か気軽い調子で返事をしてやりたいと思いながら、彼女の方をふり向いた。が、大きく※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って気づかわしそうに私を見つめている彼女の目と見合わせると、そんな言葉は出されなかった。そうして無言のまま窓を離れて、自分の部屋に戻って行った。
それから数分立つと、病人は明け方にいつもする、抑えかねたような劇《はげ》しい咳を出した。再び寝床に潜りこみながら、私は何んともかとも云われないような不安な気持でそれを聞いていた。
[#地から1字上げ]十月二十七日
私はきょうもまた山や森で午後を過した。
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