ノ光っているのを見つめていた。が、そのうちに私はそういう朝明けが何んとも云えずに寂しいような気がして来て、そっと起き上ると、何をしようとしているのか自分でも分らないように、まだ暗い隣りの病室へ素足のままではいって行った。そうしてベッドに近づきながら、節子の寝顔を屈《かが》み込《こ》むようにして見た。すると彼女は思いがけず、ぱっちりと目を見ひらいて、そんな私の方を見上げながら、
「どうなすったの?」と訝《いぶか》しそうに訊《き》いた。
私は何んでもないと云った目くばせをしながら、そのまま徐かに彼女の上に身を屈めて、いかにも怺《こら》え切《き》れなくなったようにその顔へぴったりと自分の顔を押しつけた。
「まあ、冷たいこと」彼女は目をつぶりながら、頭をすこし動かした。髪の毛がかすかに匂った。そのまま私達はお互のつく息を感じ合いながら、いつまでもそうしてじっと頬ずりをしていた。
「あら、又、栗が落ちた……」彼女は目を細目に明けて私を見ながら、そう囁《ささや》いた。
「ああ、あれは栗だったのかい。……あいつのお蔭でおれはさっき目を覚ましてしまったのだ」
私は少し上ずったような声でそう言いなが
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