ェだんだん馴れてくると、雪に埋れたバルコンからも、屋根からも、野原からも、木からさえも、軽い水蒸気の立っているのが見え出した。
「それにとても可笑《おか》しな夢を見たの。あのね……」彼女が私の背後で言い出しかけた。
 私はすぐ、彼女が何か打ち明けにくいようなことを無理に言い出そうとしているらしいのを覚《さと》った。そんな場合のいつものように、彼女のいまの声もすこし嗄《しゃが》れていた。
 今度は私が、彼女の方を振り向きながら、それを言わせないように、口へ指をあてる番だった。……
 やがて看護婦長がせかせかした親切そうな様子をしてはいって来た。こうして看護婦長は、毎朝、病室から病室へと患者達を一人一人見舞うのである。
「ゆうべはよくお休みになれましたか?」看護婦長は快活そうな声で尋ねた。
 病人は何も言わないで、素直にうなずいた。

    ※[#アステリズム、1−12−94]

 こういう山のサナトリウムの生活などは、普通の人々がもう行き止まりだと信じているところから始まっているような、特殊な人間性をおのずから帯びてくるものだ。――私が自分の裡《うち》にそういう見知らないような人間性を
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