ケた雲のなかに見え隠れしていた。
サナトリウムに着いた翌朝、自分の側室で私が目を醒《さ》ますと、小さな窓枠の中に、藍青色《らんせいしょく》に晴れ切った空と、それからいくつもの真っ白い鶏冠のような山巓《さんてん》が、そこにまるで大気からひょっくり生れでもしたような思いがけなさで、殆んど目《ま》ながいに見られた。そして寝たままでは見られないバルコンや屋根の上に積った雪からは、急に春めいた日の光を浴びながら、絶えず水蒸気がたっているらしかった。
すこし寝過したくらいの私は、いそいで飛び起きて、隣りの病室へはいって行った。節子は、すでに目を醒ましていて、毛布にくるまりながら、ほてったような顔をしていた。
「お早う」私も同じように、顔がほてり出すのを感じながら、気軽そうに言った。「よく寝られた?」
「ええ」彼女は私にうなずいて見せた。「ゆうべ睡眠剤《くすり》を飲んだの。なんだか頭がすこし痛いわ」
私はそんなことになんか構っていられないと云った風に、元気よく窓も、それからバルコンに通じる硝子《ガラス》扉も、すっかり開け放した。まぶしくって、一時は何も見られない位だったが、そのうちそれに目
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