c…おかしなお父様でしょう?」
「これ、お父様のお見立てなの? 本当に好いお父様じゃないか。……どおれ、この帽子、ちょっとかぶって御覧」と私が彼女の頭にそれを冗談半分かぶせるような真似をしかけると、
「厭《いや》、そんなこと……」
 彼女はそう言って、うるさそうに、それを避けでもするように、半ば身を起した。そうして言《い》い訣《わけ》のように弱々しい微笑をして見せながら、ふいと思い出したように、いくぶん痩《や》せの目立つ手で、すこし縺《もつ》れた髪を直しはじめた。その何気なしにしている、それでいていかにも自然に若い女らしい手つきは、それがまるで私を愛撫でもし出したかのような、呼吸《いき》づまるほどセンシュアルな魅力を私に感じさせた。そうしてそれは、思わずそれから私が目をそらさずにはいられないほどだった……
 やがて私はそれまで手で弄《もてあそ》んでいた彼女の帽子を、そっと脇の鏡台の上に載せると、ふいと何か考え出したように黙りこんで、なおもそういう彼女からは目をそらせつづけていた。
「おおこりになったの?」と彼女は突然私を見上げながら、気づかわしそうに問うた。
「そうじゃないんだ」と私は
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