ノ在《いま》せばなり……」と、そんなうろ覚えに覚えている詩篇の文句なんぞまで思い出して自分自身に云ってきかせるが、そんな文句も私にはただ空虚に感ぜられるばかりだった。
[#地から1字上げ]十二月十二日
夕方、水車の道[#「水車の道」に傍点]に沿った例の小さな教会の前を私が通りかかると、そこの小使らしい男が雪泥の上に丹念に石炭殻を撒《ま》いていた。私はその男の傍に行って、冬でもずっとこの教会は開いているのですか、と何んという事もなしに訊《き》いて見た。
「今年はもう二三日うちに締めますそうで――」とその小使はちょっと石炭殻を撒く手を休めながら答えた。「去年はずっと冬じゅう開いて居りましたが、今年は神父様が松本の方へお出《いで》になりますので……」
「そんな冬でもこの村に信者はあるんですか?」と私は無躾《ぶしつ》けに訊いた。
「殆ど入らっしゃいませんが。……大抵、神父様お一人で毎日のお弥撒《ミサ》をなさいます」
私達がそんな立ち話をし出しているところへ、丁度外出先からその独逸人《ドイツじん》だとかいう神父が帰って来た。こん度は私がその日本語をまだ充分理解しない、しかし人なつこそうな
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