制帽とか、辞書とか、ノオトブックとか、インク壺《つぼ》とか、煙草の袋とか、それらのものがごっちゃになって積まれてあった。そんなものの中で、或る者は独逸《ドイツ》語の勉強をしていたり、或る者は足のこわれかかった古椅子にあぶなっかしそうに馬乗りになって煙草ばかり吹かしていた。私は彼等の中で一番小さかった。私は彼等から仲間はずれにされないように、苦しげに煙草をふかし、まだ髭《ひげ》の生《は》えていない頬《ほお》にこわごわ剃刀《かみそり》をあてたりした。
二階の寝室はへんに臭かった。その汚《よご》れた下着類のにおいは私をむかつかせた。私が眠ると、そのにおいは私の夢の中にまで入ってきて、まだ現実では私の見知らない感覚を、その夢に与えた。私はしかし、そのにおいにもだんだん慣れて行った。
こうして私の脱皮はすでに用意されつつあった。そしてただ最後の一撃だけが残されていた……
或る日の昼休みに、私は一人でぶらぶらと、植物実験室の南側にある、ひっそりした花壇のなかを歩いていた。そのうちに、私はふと足を止めた。そこの一隅に簇《むら》がりながら咲いている、私の名前を知らない真白な花から、花粉まみれに
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