等の生活ぶりがそこいらへんからいきいきと蘇《よみがえ》ってくる。――人が住んでいようといまいと、いつもこんな具合に草が茫々《ぼうぼう》と生えて、ヴェランダなど板が割れて、いまにも踏み抜きそうな位に、廃園らしい感じだが、そんな中から人々の笑い声がし、赤ん坊がハンモックに寝かされ、犬が走り、マアガレットが咲きみだれ、洗濯物が青いのや赤いのや白いのや綺麗《きれい》にぶらさがっている。……夕方になると、上の方の別荘からレコオドが聞え、湖水の面にはヨットが右往左往している。そして、このウツギの花の咲いた井戸端なんぞには、きっと少女が水を汲みに来て快活そうにお喋《しゃべ》りをする。……そんな愉《たの》しそうな空想があとからあとから涌《わ》いて来る。それをまた子供のようにはしゃいで一々妻に云い訊かせながら歩いている私は、何遍となく間違えて人の家へはいって往った。
漸っと急な坂を湖水の岸まで下りて、こんどは岸の砂地を歩いた。まだ二三隻、岸に繋《つな》がれていたボオトの尻を浪がぺちゃぺちゃと叩いていた。そこにも人けは全く絶えていて、白いワイヤ種の犬が一匹、その浪打ち際を、一人で駈けずりまわっているだけ
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