たのだから、その前まで往くだけでも往って見ようと、六人ぐらいは乗れそうな、旧式のモオタア船にちょこんと二人だけ乗った。
 湖水は静かだった。絵はがきによくあるヨットは一隻も出ていなかった。私達を載せたモオタア船だけが湖上にあって、水の面にガソリンの臭を漂わせながら、いやにエンジンの音を立て続けている。――漸《ようや》く外人部落が目《ま》なかいに見えて来、その一番はずれには、なるほど赤い屋根の建物があって、その上には赤い旗がばたばたやっているのが認められ出した。
 モオタア船から上って、坂を登り切ると、すぐそれが分かった。レエクサイド・ホテルと云うからには、もう少し洒落《しゃれ》た家かと思っていたら、なんの事はない、――丸木作りの、いとも粗末なバンガロオだった。私達は再び顔を見交した。ままよ、もうしようがないから、一晩だけでも我慢して泊って往こうと腹を据えて、私は妻の持っていたラケット入れを殆ど引ったくるようにして、玄関に立った。
 玄関の脇に二つ三つ木の椅子のある小さな土間があって、そこが酒場になっている。舶来物らしいウィスキイや葡萄酒《ぶどうしゅ》の壜《びん》が並んで、壁には「Sum
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