たばってしまった。で、ときどき妻に持って貰って、人なかに出るときは急いで私が持ち換えたりした。そして私が痩《や》せ我慢《がまん》をしいしい歩いているのを、妻は側で心配そうに見ていた。そんな私達二人の旅だから、いくら慾張った旅程を立てておいたところで、何処まで往けるか知れたものだった。……

    *

 乗合で野尻湖に向う途中、真白い蕎麦《そば》の花の咲いた畑の間で、もう引き上げて来る外人の荷物を積み込んだ荷馬車とすれちがった。どうせもう夏も過ぎた事だから、すっかり蓼《さび》れているだろうが、人に訊《き》いてきたレエクサイド・ホテルとか云う、外人相手の小さなホテルだけでも明いていて呉れればいいが――と思って、湖畔で乗合から降り、船の発着所まで往って、船頭らしいものを捉えて訊くと、
「さあ、レエクサイドはどうかな?」と不承不承に立って、南の方の外人部落らしい、赤だの、緑だのの屋根の見える湖岸を見やっていたが、
「あの一番はずれに見える屋根がホテルだがね、まだ旗が出ているようだから、やってましょう。――お往きなさるかい?」
 私達はすこし心細そうに顔を見交していた。が、せっかく此処まで来
前へ 次へ
全30ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング