や》っと十一時近くにそれを読み了えて、手水《ちょうず》をしに下りて往くと、丁度例の娘達が外から帰って来たところだった。いま時分まで何処をうろついていたのだろうと、訝《いぶか》しそうに二人が靴を脱ごうとしているところをちらりと見た。二人はそういう私に気づいたようだったが、ポロシャツの方はさあらぬ顔をして靴を脱いでいた。が、もう一人の薔薇色《ばらいろ》の方は私をなんだかこわい目つきをして見上げた。
*
翌朝はとうとう霧雨になり出していた。山々も見えず、湖水は一めんに白く霧《き》らっていた。丁度好い引上げ時だと思って、帰りの自動車を帳場にいた男に頼んだ。なんでも例の娘達もその晩の夜行で一人は神戸へ、一人は横浜へ立つ事になっているので、いよいよあすから此のホテルも冬まで閉じるそうだった。
此のホテルには電話が無いので、ちょっと自動車を頼んで来るといって、その男は霧雨のなかを自転車で出かけて往った。
私達はそれから又二階に上っていって、例のラケット入れに身のまわりの品を入れてしまうと、私はもうなす事もないので、ぼんやりと机に頬杖をついていた。妻は母親のところへ此処へ来てから初め
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