はそこに屈《かが》んで何かしきりにごそごそやり出している。其処に誰かの穿《は》き棄《す》てていったらしい草鞋《わらじ》を拾って、それを自分のぼろぼろになったのと穿き換えているのである。浮浪者でもなさそうだが、何処か近在へ働きにいった帰りにしては様子が変だ。
「何者だろうね?」
「可哀そうのようだわ」
「でも、おれにはああいうのはやり切れない。何んとかもう少しならないのかなあ」
私はそう口では云いさしながら、ふいとドロステ・ヒュルスホオフの物語に出てくる、運命の圧力のために理性の勝った女からだんだん愚かな老人に変ってゆく母親のマルガレエテの事を思い出した。
湖岸の船宿にちょっと立寄って、声をかけたが返事がないので、どのみち駄目そうだとおもって、帰ろうとしかけると、漸《や》っと出てきた赤ん坊を負ったお上さんらしいのに呼び戻された。モオタア船を出して貰えまいかと云うと、これもしばらく何か怪訝そうに私達を見つめていたが、――どうもそれはこのへんの村人達の困ったようなときの表情なのか知らん? ――やがて私達に言うのには、ゆうべ向うの岸の村で婚礼があって、あるじはそれに招《よ》ばれて、モオタア
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