臭そうに、耳にはさんでいた巻煙草をふかし出した。私は何度もその煙に噎《む》せた。そして、それが私の羞恥《しゅうち》を誤魔化《ごまか》した。
誰かが、私の方に近づいてくる足音がした。それはお前だった。
「何してんの?……もうお母様がお帰りなさるから、早くいらっしゃいって?」
「こいつを一服したら……」
「まあ!」お前は私と目と目を合わせて、ちらりと笑った。その瞬間、私たちにはなんだか離れの方が急にひっそりしたような気がした。
せっかくボンボンやら何やらを持って来てやったのに、自分にはろくすっぽ口もきいてくれない息子の方を、その母は俥《くるま》の上から、何度もふりかえりながら、帰って行った。それがやっぱり彼女の本当の息子だったのかどうかを確かめでもするように。そういう母の姿がすっかり見えなくなってしまうと、息子の方ではやっと、しかし自分自身にも聞かれたくないように、口のうちで、「お母さん、ごめんなさいね」とひとりごちた。
海は日毎《ひごと》に荒模様になって行った。毎朝、渚《なぎさ》に打ち上げられる漂流物の量が、急に増《ふ》え出した。私たちは海へはいると、すぐ水母《くらげ》に刺された
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