も、私はただ私自身を満足させるために、いつまでも、それを選んでいるように見せかけた。それから私は郵便局で、私の母へ宛《あ》てて電報を打った。「ボンボンオクレ」
そうして私は汗だくになって、決勝点に近づくときの選手の真似《まね》をして、死にものぐるいの恰好《かっこう》で、ペダルを踏みながら、村に帰ってきた。
それから二三日が過ぎた。或る日のこと、海岸で、私たちは寝そべりながら、順番に、お互を砂の中に埋めっこしていた。私の番だった。私は全身を生埋めにされて、やっと、私の顔だけを、砂の中から出していた。お前がその細部《デテエル》を仕上げていた。私はお前のするがままになりながら、さっきから、向うの大きな松の木の下に、私たちの方を見ては、笑いながら話し合っている二人の婦人のいるのを、ぼんやり認めていた。そのうちの海水帽をかぶった方は、お前の母らしかった。もう一人の方は、この村では、つい見かけたことのない婦人に見えた。黒いパラソルをさしていた。
「あら、たっちゃんのお母様だわ」お前は、海水着の砂を払いながら、起き上った。
「ふん……」私は気のなさそうな返事をした。そうして皆が起き上ったのに、
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