その小さな村の人気者だった。海岸などにいると、いつも私たちの周《まわ》りには人だかりがした程に。そうして村の善良な人々は、私のことを、お前の兄だと間違えていた。それが私をますます有頂天にさせた。
そればかりでなしに、私の母みたいな、子供のうるさがるような愛し方をしないお前の母は、私をもその子供並みにかなり無頓着《むとんじゃく》に取り扱った。それが私に、自分は彼女にも気に入っているのだと信じさせた。
予定の一週間はすでに過ぎていた。しかし私は都会へ帰ろうとはしなかった。
ああ、私はお前の兄たちに見習って、お前に意地悪ばかりしてさえいれば、こんな失敗はしなかったろうに! ふと私に魔がさした。私は一度でもいいから、お前と二人きりで、遊んでみたくてしようがなくなった。
「あなた、テニス出来て?」或る日、お前が私に云った。
「ああ、すこし位なら……」
「じゃ、私と丁度いい位かしら?……ちょっと、やってみない」
「だってラケットはなし、一体何処でするのさ」
「小学校へ行けば、みんな貸してくれるわ」
それがお前と二人きりで遊ぶには、もってこいの機会に見えたので、私はそれを逃がすまいとして、すぐ分るような嘘《うそ》をついた。私はまだ一度もラケットを手にしたことなんか無かったのだ。しかし少女の相手ぐらいなら、そんなものはすぐ出来そうに思えた。お前の兄たちがいつも、テニスなんか! と軽蔑《けいべつ》していたから。しかし彼等も、私たちに誘われると、一しょに小学校へ行った。そこへ行くと、砲丸投げが出来るので。
小学校の庭には、夾竹桃《きょうちくとう》が花ざかりだった。彼等は、すぐその木蔭《こかげ》で、砲丸投げをやり出した。私とお前とは、其処からすこし離して、白墨で線を描いて、ネットを張って、それからラケットを握って、真面目《まじめ》くさって向い合った。が、やってみると、思ったよりか、お前の打つ球《たま》が強いので、私の受けかえす球は、大概ネットにひっかかってしまった。五六度やると、お前は怒ったような顔をして、ラケットを投げ出した。
「もう止《よ》しましょう」
「どうしてさ?」私はすこしおどおどしていた。
「だって、ちっとも本気でなさらないんですもの……つまらないわ」
そうして見ると、私の嘘は看破《みやぶ》られたのではなかった。が、お前のそういう誤解が、私を苦しめたのは、それ以上だった。むしろ、そんな薄情な奴《やつ》になるより、嘘つきになった方がましだ。
私は頬をふくらませて、何も云わずに、汗を拭《ふ》いていた。どうも、さっきから、あの夾竹桃の薄紅《うすあか》い花が目ざわりでいけない。
この二三日、お前は、鼠色の、だぶだぶな海水着をきている。お前はそれを着るのをいやがっていた。いままでのお前の海水着には、どうしたのか、胸のところに大きな心臓型の孔《あな》があいてしまったのだ。そこでお前は間に合わせに、あんまり海へはいらない、お前の姉の奴を、借りて着ているのだ。この村では、新しい海水着などは手に入らなかった。一里ばかり向うの、駅のある町まで買いに行かなければ。――そこで或る日、私はテニスの失敗をつぐなう積りで、自分から、その使者を申し出た。
「何処かで自転車を貸してくれるかしら?」
「理髪店のならば……」
私は大きな海水帽をかぶって、炎天の下を、その理髪店の古ぼけた自転車に跨《またが》って、出発した。
その町で、私は数軒の洋品店を捜し廻った。少女用の海水着の買物がなんと私の心を奪ったことか! 私はお前に似合いそうな海水着を、とっくに見つけてしまってからも、私はただ私自身を満足させるために、いつまでも、それを選んでいるように見せかけた。それから私は郵便局で、私の母へ宛《あ》てて電報を打った。「ボンボンオクレ」
そうして私は汗だくになって、決勝点に近づくときの選手の真似《まね》をして、死にものぐるいの恰好《かっこう》で、ペダルを踏みながら、村に帰ってきた。
それから二三日が過ぎた。或る日のこと、海岸で、私たちは寝そべりながら、順番に、お互を砂の中に埋めっこしていた。私の番だった。私は全身を生埋めにされて、やっと、私の顔だけを、砂の中から出していた。お前がその細部《デテエル》を仕上げていた。私はお前のするがままになりながら、さっきから、向うの大きな松の木の下に、私たちの方を見ては、笑いながら話し合っている二人の婦人のいるのを、ぼんやり認めていた。そのうちの海水帽をかぶった方は、お前の母らしかった。もう一人の方は、この村では、つい見かけたことのない婦人に見えた。黒いパラソルをさしていた。
「あら、たっちゃんのお母様だわ」お前は、海水着の砂を払いながら、起き上った。
「ふん……」私は気のなさそうな返事をした。そうして皆が起き上ったのに、
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