私一人だけ、いつまでも砂の中に埋まっていた。私は心臓をどきどきさせていた。私の隠し立てが、今にもばれそうなので。そうしてそれが、砂の中から浮んでいる私の顔を、とても変梃《へんてこ》にさせていそうだった。私はいっそのこと、そんな顔も砂の中に埋めてしまいたかった! 何故《なぜ》なら、私は田舎から、私の母へ宛てて、わざと悲しそうな手紙ばかり送っていた。その方が彼女には気に入るだろうと思って……。彼女から遠くに離れているばかりに、私がそんなにも悲しそうにしているのを見て、私の母は感動して、私を連れ戻しに来たのかしら?……それだのに、私は、彼女に隠し立てをしていた一人の少女のために、今、こんなにも幸福の中に生埋めにされている!
 おっと、待てよ。今のさっきの様子では、お前は私の母をなんだか知っていたようだぞ! そんな筈《はず》じゃなかったのに?……と、私は砂の中からこっそりとみんなの様子をうかがっている。どうやら、私の母とお前たちの家族とは、ずっと前からの知合らしい。私にはどうしてもそれが分らない。これでは、欺こうとしていた私の方が、反対に、私の母に裏を掻《か》かれていたようなものだ。突然、私は砂を払いのけながら、起き上る。今度はこっちで、あべこべに、母の隠し立てを見つけてやるからいい!……そこで、私はお前にそっと捜《さぐ》りを入れてみる。皆のしんがりになって、家の方へ引きあげて行きながら。……
「どうして僕のお母さんを知っていたの?」「だってあなたのお母様は運動会のとき何時《いつ》もいらっしってたじゃないの? そうして私のお母様といつも並んで見ていらしったわ」私はそんなことはまるっきり知らなかった。何故なら、そんな小学生の時分から、私はみんなの前では、私の母から話しかけられるのさえ、ひどく羞《はず》かしがっていたから。そうして私は私の母から隠れるようにばかりしていたから。……
 ――そして今もそうだった。井戸端で、みんなが身体《からだ》を洗ってしまってからも、私は何時までも、そこに愚図々々していた。ただ、私の母から隠れていたいばかりに。……井戸端にしゃがんでいると、私の脊くらい伸びたダリアのおかげで、離れの方からは、こっちがちっとも見えなかった。それでいて、向うの話し声は手にとるように聞えてくる。私のボンボンの電報のことが話された。みんなが、お前までがどっと笑った。私はてれ臭そうに、耳にはさんでいた巻煙草をふかし出した。私は何度もその煙に噎《む》せた。そして、それが私の羞恥《しゅうち》を誤魔化《ごまか》した。
 誰かが、私の方に近づいてくる足音がした。それはお前だった。
「何してんの?……もうお母様がお帰りなさるから、早くいらっしゃいって?」
「こいつを一服したら……」
「まあ!」お前は私と目と目を合わせて、ちらりと笑った。その瞬間、私たちにはなんだか離れの方が急にひっそりしたような気がした。
 せっかくボンボンやら何やらを持って来てやったのに、自分にはろくすっぽ口もきいてくれない息子の方を、その母は俥《くるま》の上から、何度もふりかえりながら、帰って行った。それがやっぱり彼女の本当の息子だったのかどうかを確かめでもするように。そういう母の姿がすっかり見えなくなってしまうと、息子の方ではやっと、しかし自分自身にも聞かれたくないように、口のうちで、「お母さん、ごめんなさいね」とひとりごちた。

 海は日毎《ひごと》に荒模様になって行った。毎朝、渚《なぎさ》に打ち上げられる漂流物の量が、急に増《ふ》え出した。私たちは海へはいると、すぐ水母《くらげ》に刺された。私たちはそんな日は、海で泳がずに、渚に散らばっている、さまざまな綺麗な貝殻を、遠くまで採集しに行った。その貝殻がもうだいぶ溜《たま》った。
 出発の数日前のこと、私がキャッチボオルで汚《よご》した手を井戸端へ洗いに行こうとすると、そこでお前がお前の母に叱《しか》られていた。私はそれが私の事に関しているような気がした。それを立聞きするにはすこし勇気を要した。気の小さな私はすっかりしょげて、其処から引き返した。――私はあとでもって、一人でこっそりと、その井戸端に行ってみた。そしてそこの隅《すみ》っこに、私の海水着が丸められたまま、打棄《うちす》てられてあるのを見た。私ははっと思った。いつもなら私の海水着をそこへ置いておくと、兄たちのと一緒に、お前がゆすいで乾《ほ》して置いてくれるのだ。そのことでお前はさっきお前の母に叱られていたものと見える。私はその海水着を、音の立たないように、そっと水をしぼって、いつものように竿《さお》にかけておいた。
 翌朝、私はその砂でざらざらする海水着をつけて、何食わぬ顔をしていた。気のせいか、お前はすこし鬱《ふさ》いでいるように見えた。

 とうとう休暇が終っ
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