しい権幕《けんまく》で、彼等を呶鳴《どな》りつけた。私もその真似《まね》をした。……不意打ちをくらった、彼等は、あわてふためきながら、一目散に逃げて行った。
 私はまるで一人で彼等を追い返しでもしたかのように、得意だった。私はお前からの褒美《ほうび》を欲しがるように、お前の方を振り向いた。すると、一人の血色の悪い、痩《や》せこけた青年が、お前と並んで、肩と肩とをくっつけるようにして、立っているのを私は認めた。彼はもの怖《お》じたような目つきで、私たちの方を見ていた。私はなんだか胸さわぎがしだした。
 私はその青年に紹介された。私はわざと冷淡を装うて、ちょっと頭を下げたきりだった。
 彼はその村の呉服屋の息子《むすこ》だった。彼は病気のために中学校を途中で止《よ》して、こんな田舎《いなか》に引籠《ひきこも》って、講義録などをたよりに独学していた。そうして彼よりずっと年下の私に、私の学校の様子などを、何かと聞きたがった。
 その青年がお前の兄たちよりも私に好意を寄せているらしいことは、私はすぐ見てとったが、私の方では、どうも彼があんまり好きになれなかった。もし彼が私の競争者として現われたのでなかったならば、私は彼には見向きもしなかっただろう。が、彼がお前の気に入っているらしいことに、誰よりも早く気がついたのも、この私であった。
 その青年の出現が、薬品のように私を若返らせた。この頃すこし悲しそうにばかりしていた私は、再び元のような快活そうな少年になって、お前の兄たちと泳いだり、キャッチボオルをし出した。実はそうすることが、自分の苦痛を忘れさせるためであるのを、自分でもよく理解しながら。今年《ことし》九つになったお前の小さな弟も、この頃は私達の仲間入りをし出した。そして彼までが私達に見習って、お前をボイコットした。それが一本の大きな松の木の下に、お前を置いてきぼりにさせた。その青年といつも二人っきりに!
 私は、その大きな松の木かげに、お前たちを、ポオルとヴィルジニイのように残したまんま、或る日、ひとり先きに、その村を立ち去った。
 私は出発の二三日前は、一人で特別にはしゃぎ廻った。私が居なくなったあとは、お前たちの田舎暮らしはどんなに寂しいものになるかを、出来るだけお前たちに知らせたいと云う愚かな考えから。……そうしてそのために私はへとへとに疲れて、こっそりと泣きながら
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