oしたのである
それを聞くと、老婆はしぶしぶながら私を部屋の中へ入れてくれた
その部屋の中には古い穴だらけの卓《テエブル》が一つあるきりだった
私はその前に坐りながら部屋の中を見廻した
さっきの少女の姿は何処《どこ》にも見えない 念のために卓の下を覗《のぞ》いたが矢張り居ない
「確かにこの部屋へ這入った筈《はず》だが……」と思いながら
向うの低い竃《かまど》の上に掛けてある大きな鍋《なべ》の中を
何やら厭《いや》らしく掻《か》き廻している老婆の後姿を見ているうちに
この婆《ばばあ》は魔法使いかも知れんぞと私は疑い出した
何処かへあの可愛らしい少女を隠してしまやがった
ことによるとあの少女を何かに変形させてしまったのかも知れないぞ
としたら一体それはどれかしらん? と私はきょときょと部屋を見廻している
その時老婆が鍋の中から何やらを皿に移して運んで来た
罅《ひび》の入った皿の上に鶏の足らしい骨がちょこんと載っているきりだ
「ちぇっ、こんなものを食わせやあがるのか?」と仏頂面《ぶっちょうづら》をしていると
老婆はにやにや笑いながらソオスの壜《びん》を持ってきて
それを私の皿にぶっかけるのだ
私はさっき知ったかぶりで此奴《こいつ》を名ざしで這入って来たのだから
否《いや》でも応でもこいつを食わなければなるまい
私は不承々々そいつを一口|頬張《ほおば》った 妙な味がする しかし悪くはない味だ
そこでもう一口頬張ろうとした途端に ふと
異形《いぎょう》をして蒸気の立ちのぼっている鍋の傍《そば》の 棚《たな》の上に
一個の葡萄酒《ぶどうしゅ》の壜らしいものが置かれてあるのが私の目に入った
今まで空壜《あきびん》だろう位に思っていたがよく見ると
八分目ほどの葡萄酒らしいものが這入っていてそれがひとりで無気味に揺れている
老婆はそれを気にするようにときどき変な目つきでそれを見ている
私はまだ何やら鍋の中を掻き廻している彼女に何気なさそうに言った
「婆さん、おれにその葡萄酒を一杯くれ」
すると老婆は解《わか》ったように私に目で合図をして(何んて厭らしい目つきだろう!)
しかし自分の手許《てもと》の壜はそのままにして、向うの戸棚へ他の壜を取りに行った
いよいよもってこの壜が怪しいぞ!
この壜がきっとあの少女なのかも知れん? あの少女がこの壜に這入っている?
そこで私は魔女が向うむきにな
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