ネい
椅子やテエブルもちゃんとした位置にある 鉢植も倒れていない
それでいてどう云うものかそれ等《ら》の置き方に妙な不自然さがあるのだ
あちこちへ投げ飛ばされたり、倒されたりしたのをいかにも急《いそ》いで
元のままに直して取り繕ったような不自然さがあるのだ
――そんなことを空想しながら、私はぼんやり頬杖《ほおづえ》をついて
今にも燃えきって無くなりそうな灰皿の吸殻を見つめている
それから発せられている※[#「均−土」、第3水準1−14−75]は私の空想を大いに刺戟《しげき》している
「おれは遅参者だ……一足遅れたばかりに、きっとおれを喜ばせたに相違ない、何かの惨事に立会い損《そこな》った不運者だ」
そこでもって私の夢のフィルムがぴんと切れてしまう……
それで私は読者諸君にも、ただこんな風に
「まだその顰《しか》め面《つら》をしている
今起ったばかりの惨事の古代的な静けさ」を
お目にかけるよりしかたがないのだ
[#ここで字下げ終わり]
2 鳥料理
こんなことを書いている分には、頭はすこしも疲れないが、ずんずんひとりで先きへ行ってしまう私の言葉に遅れまいとしてせっせ[#「せっせ」に傍点]とペンを動かしている私の手が痛くて閉口だ。其処《そこ》でいま、ちょっとペンを置いて、葡萄酒《ぶどうしゅ》を一杯ひっかけ、Westminster[#「Westminster」は斜体]を二三本吹かしたところだ。―― Westminster[#「Westminster」は斜体]と云えば、こんな※[#「均−土」、第3水準1−14−75]《におい》など比較にならん位、いましがた私の書いたばかりの夢のなかの※[#「均−土」、第3水準1−14−75]は好い※[#「均−土」、第3水準1−14−75]だったし、これから私の書こうとする夢のなかで私の飲んだ葡萄酒(?)は、こんなトリエスト産の葡萄酒よりもずっと上等な味だった。どうやら夢の中での方が私はずっとましな暮らしをしていると見える。……さて、これから私の書こうとする夢は、私の夢のなかの第二の種類だ。この夢は、唯《ただ》、単調だが底の知れないような、深味のある色(甚《はなは》だ不完全な言い方だがそれはピカソの或る絵のような色なのだ)で塗り潰《つぶ》されていると思っていて頂きたい。
私はこの夢のことを久しく忘れていたが、去年の冬、神戸へ
前へ
次へ
全9ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング